日本でCHEVY 初めてのアメ車

アメ車CHVY

就職して初めて手にした愛車は、トヨタ・ハイラックス(4WD、ダブルキャブ、ディーゼル)でした。
これは、急の結婚が決まった友達が手放さざるを得ない状況になったので、中古と言えどたった1年落ち、走行距離も1万キロぐらいでした。

このハイラックス、キャンプやスキーなどのアウトドアーに大活躍、特にモトクロスのレースを趣味でしていたので、荷台にバイクが積めるし、4年間通勤から遊びから乗りまわしました。
唯一の難点は、荷台にバイクを積んだ時、ハッチが閉まらないという事でした。

1997年、そのハイラックスがディーゼル規制にひっかかることになったため、ディーゼル規制の対象地域外に売却。
ルックスはとても走行距離21万キロには見えない、普通の5年ものの車でした。

売却前に決めていた次なる車は、アメ車の「1997シボレー・K-1500シルバーラードZ71」。
これなら荷台にバイクを2台積んでもハッチが閉まるし、エクステンドキャブだと5人乗車できる。

当時円高(終わりかけ)で、1USD=\94-5ぐらいだったと思う。アメ車が流行っていたので、私の住んでいた近所にはあちこちに輸入代行業者があり、その内の1つでもらったカタログを見ながら、車種と装備を選びました。

そして、知り合いに日本車から外車まであらゆる車種を取り扱う「車なら何でも販売店」を紹介してもらい、その販売店からアメリカの販売店に注文してもらい、個人輸入という形で購入しました。

指定した装備は、エンジン5700cc、セパレートのバケットシート(電動シート)、エアコン、CDプレーヤー、オフロードパッケージ、色はメタリックのインディゴブルーでした。

手元に届いたのは、注文から約3ヶ月が経過していましたが、自分が指定した希望の車が来るかと思うと、待つのは苦になりませんでしたが、取りに行ってびっくりしました。
めちゃめちゃデカイ。狭い日本でこんなバカデカイ車、どないすんねん!!

しかもその販売店、大阪東部のごちゃごちゃした街中にあったので、公道に出るのに対向車線をだいぶ手前で止めてもらわないと出れない。こっちは初めての運転、ヒヤ汗ものの初乗車でした。

縁を感じる話を1つ。

待って待って届いたその車、なんと!フロントガラスに、カナダのシールが貼られていて、運転席のバイザーにもカナダメープルリーフのバッジが付いていました。
アメリカの販売店に注文したのに?
店長によると、指定した装備の車がアメリカ国内になく、カナダから取り寄せたという話でした。

当時はカナダに来る事なんて考えてもみなかったので、今思うと何か縁を感じます。

2005/8/15 記

日本でCHEVY いざ乗ってみて

日本車に通常付いている泥よけや窓の雨よけ、ステップなどの外装品は付いていませんでした。
(どうして標準で付いていないのか不思議でしたが、標準を最低限の装備にした方が安くなるし、こちらでは、カーパーツ店で簡単に部品が手に入るので、付けたい人は部品を買って自分で付けるようです。)

ディーラーを通さない個人輸入という事で、外車の面倒を見てくれる信頼できる車屋さんを探さないといけなかったのですが、これは友人の紹介でいい車屋さんと知り合う事ができました。

当時、岸和田にイタ車を中心に扱っていたVOW COMPANYさんで、車としてほとんど魅力のないアメ車なのに、よく面倒をみてくれて本当に助かりました。

外装品は必要ないかとも思いましたが、やはり、ベントバイザー(大きめの窓の雨よけ)・スプラッシュガード(泥よけ)・ランニングボード(ステップ)・バグディフレクター(ボンネットに付ける虫除け)を付けることにしました。
そして、VOWさんにパンフレットでパーツ(DEEZEE社)の輸入代行店に注文してもらい、取り付けてもらいました。

VOWさんにお世話になっていた頃(かれこれ8年前)、お客さんは、アルファロメオや、フィアット、プジョーなどのイタリア・ヨーロッパ車が好きな個性派が集まっていて、それぞれにクセがあって楽しかったです。
そんな中でのアメ車(しかもピックアップ)は、ちょっと場違いな感じで浮いていましたが、ツーリングなどにも誘っていただきました。

高野山のクラッシックカーのイベントを見にツーリングへ行った時の話です。

VOWさんを紹介してくれた友人が、フィアットに乗っていたのですが、皆の反対を押し切り(修理に不安材料が残っていたため)参加しました。
案の定、帰る道中で故障。
他の車はアルファロメオだったので、馬力からみてもシボレーで牽引した方がいいだろうと、日曜の夕方の大阪に向かう片道1車線大渋滞の国道で(大ヒンシュクの中)牽引する事になりました。

この牽引、シボレーはピックアップで車高が高く、おまけに牽引ロープが短かく、牽引しているフィアットが運転席からほとんど見えない。
馬力がありすぎて牽引している違和感を感じにくく、会話をしているとつい牽引している事を忘れてしまう。
フィアットがブレーキをかけても、シボレーには感じない。シボレーが普通に発進しても、フィアットには急発進に感じる。
フィアットからは、シボレーのビップが大きすぎて、前が全く見えない。

フィアットを牽引するには、馬力がありすぎたようです。
こちらではこのタイプの車は、大きいキャンピングトレーラーを牽引しているのに納得できます。

この他にも、日本でアメ車を乗ってみて、大は小を兼ねるけど状況によっては兼ねないケースがあるという事を多々体験しました。

2008/8/20 記

日本でCHEVY 事件

シボレーK-1500は、狭い日本ではさぞ行き先が制限されるであろう、と覚悟していましたが、そうでもありませんでした。
左ハンドルで左車線を走るのには、少々慣れは必要でしたが。

使い勝手や乗り心地は、当時の日本のピックアップトラックに比べると乗用車感覚十分、そういう意味ではかなり満足できました。

念願の車に乗れて、楽しい思い出がたくさんありますが、そんな中で最低に悲しい経験を1つ。

ある日曜日、モトクロスコース走行の帰り、相方のお姉ちゃんの家に寄りました。
薄暗くなってきたので帰ろうとしたその時、2歳の姪がふと思い付いたように聞いてきました。

「おったんのくるま、どこ?」

私 「外にあるよ。」

姪 「見に行くー!」

そして、5階のマンションの踊り場から、駐車場に止めていた私のトラックを見て、姪は叫びました。

姪 「あっかーん!バイクのせたらあっかーん!」

私 「じゃ、何のせるん?」

姪 (右手を指揮者みたいに振り上げながら)「にゅーにゅ!」
(牛乳の意。当時、家業の乳製品卸業を手伝っていた。)

牛乳がそんなに好きなんだろうか?と思わせた姪の叫び、自宅に帰宅後の明け方にその本当の意味を知る事になりました。

帰宅したのが遅くなったので、荷台のバイクを朝一番に降ろそうと錠をかけずに就寝しました。
明け方、物音で目が覚めふと駐車場を見ると、トラックの荷台のバイクがない?!
車道には、白のワンボックス。誰かが、そのワンボックスに私のバイクを乗せている。盗難?!

慌てて外に出て車で追っかけ、テールランプがついている怪しいワンボックスが、近くの団地内の側道に停車しているのを見付けたが、現行犯でないので何もできないし、盗難するような奴は何か凶器を持っているかもしれない。やられても困る。

その日から腹立たしい毎日、捜索を開始したが、結局諦めた。
ある人の「これ以上バイク乗ってたら大きなケガするから、誰かが盗らせたんやで。」の一言が、納得いくようないかないような…。

確かに、あのままモトクロスを続けていたら、カナダ計画が先送り先送りにされていたような気もする。

人の物を盗むという行為は、大変腹立たしい。
しかも、バイクのローンが2ヶ月残っていた。
無い物に支払うローン、その気持ち、何とも言い表せない。

でも、その後ある話を聞いて、その犯人達が可哀相にも思った。
「物盗り」「嘘つき」「人殺し」は、法律上違いはあるが、人間としては同罪だという話でした。

というか、そういう話で自分の気持ちを静めるしか方法がなかった。(泣)

バイクもなくなって、シボレー売却を後押しされたような、悲しい出来事でした。

2008/8/31 記